テクニカル 2026 Art C10

2026年F1テクニカルレギュレーション:サスペンション・ステアリング・タイヤ完全解説

2026年F1技術規則C10条を徹底解説。サスペンション構造の制約からタイヤブランケット規定まで、レース戦略に直結する重要ポイントをわかりやすく紹介します。

C10条とは何を規定しているのか

Article C10は、F1マシンの「足まわり」全体を規定する条文です。具体的には以下の5つの領域をカバーしています。

  • サスペンション構造(バネ・ダンパー・ロッカーなどの設計制約)
  • ステアリングシステム(機械的構造と許容される補助装置)
  • ホイールリム(材質・寸法・付属品)
  • タイヤ(供給・加温・冷却に関するルール)
  • ホイール締結と保持(脱落防止機構)

一見すると地味に見えるこの領域ですが、マシンのハンドリング特性、タイヤのデグラデーション(摩耗進行)、そしてピットストップ戦略に直接影響する、非常に競技的に重要な条文群です。


サスペンション設計:「受動的であること」が絶対条件

スプラング・サスペンション(Sprung Suspension)とアンスプラング質量

C10.2では、すべてのマシンに「スプラング・サスペンション(ばね懸架式サスペンション)」の装備を義務付けています。前後アクスルのサスペンションシステムは互いに完全独立でなければならず、片方のアクスルへの荷重変化が反対のアクスルに影響してはなりません。

サスペンションは「アウトボード側」と「インボード側」の2つに分類されます。

区分構成要素質量分類
アウトボードアップライト、ホイール軸受け、ホイール本体などアンスプラング質量
インボードロッカー、スプリング、ダンパーなどスプラング質量

この分類は、車両の重心計算やホモロゲーション(型式認定)における法的適合性の判断基準にもなります。

サスペンションの「状態」を定義するロッカー

C10.2.6では、各アクスルのサスペンション状態は、左右2つのロッカーの角度と角速度だけで一意に定義されなければならないと規定しています。これは事実上、「サスペンションの動きがシンプルで予測可能な機械系に限定される」ことを意味します。

以下の装置・機能はすべて明示的に禁止されています。

  • イナーター(Inerter)やマスダンパー(Mass Damper)など、車体加速度に反応する装置
  • ブレーキやステアリングとサスペンションを連動させるシステム
  • 車高を自動で制御・維持するセルフレベリング機構
  • エネルギーを蓄積して遅延展開するシステム
  • スプールバルブやラチェット機構など、特性を能動的に切り替える装置

この規定の背景には、アクティブサスペンション(電子制御による能動的サスペンション)の復活を防ぐという明確な意図があります。1990年代初頭に一部チームが採用した完全アクティブサスペンションは圧倒的なパフォーマンスをもたらしましたが、技術格差の拡大とコスト高騰を理由に1994年に禁止されました。2026年規則はこの禁止をより詳細かつ厳格に定義し直したものと言えます。

ただし、「アンチダイブ」「アンチスクワット」「アンチリフト」といった、サスペンション幾何学(キネマティクス)によって受動的に実現される特性は引き続き許可されています。


アウトボードサスペンション:6本のメンバーと厳格な形状規制

サスペンションメンバーは必ず6本

C10.3.2では、各アップライトとスプラング質量を繋ぐサスペンションメンバーは必ず6本でなければならず、冗長なメンバーの追加は禁止されています。前アクスルでは、このうち1本がステアリングシステムに接続される構成です。

この「6本固定」という規定は、チームが巧みなジオメトリ設計で空力的に有利な配置を作り込む余地を制限しつつ、必要最低限の構造安全性を担保するためのものです。

メンバーの断面形状にも厳しい制約

C10.3.6では、各サスペンションメンバーの構造部分について以下の形状条件を規定しています。

  • 断面は2軸対称でなければならない
  • 部材全長にわたって断面の大きさ・形状・傾きが一定であること
  • 断面の重心はロードライン(荷重軸線)から5mm以内に収まること(ステアリング接続メンバーは10mm以内)
  • 外気流に接する部分は、ロードラインに対して垂直な計測で円形断面であること

これは、サスペンションメンバーを空力デバイスとして利用することへの明確な規制です。複雑な翼型断面や可変断面を使ってダウンフォースを生成しようとする試みを封じることが目的です。

フロントステアリング角度:±23°/21°

C10.3.7によれば、前輪は最低でもトーイン方向に+23°、トーアウト方向に−21°の操舵角度を達成できなければなりません。市街地コースのようにタイトなコーナーが多いサーキットでも十分な旋回性能を担保するための規定です。


インボードサスペンション:シンプルな機械系に限定

ロッカーを経由した1系統のみ

C10.4.1では、前後アクスルのインボードサスペンションは1輪あたり1つのロッカーを通じてのみ作動しなければならないと規定しています。ロッカーはスプラング質量上の固定軸まわりに回転する機械部品であり、その他の自由度は持ちません。

許可されるサスペンション要素は2種類のみ

C10.4.3では、インボードサスペンションに使用できる要素を以下の2種類に限定しています。

  1. スプリング(Spring)

    • 荷重と変位の関係が単調増加であること
    • 流体(液体・気体)を媒体とするスプリング要素は禁止
  2. ダンパー(Damper)

    • 運動方向と逆向きの力を発生させるエネルギー散逸装置
    • キャビテーション防止目的のガスばね機能は許可(ただしバネ定数は10N/mm以下)
    • 大幅に非対称なダンピング特性を利用してC10.2.6の規定を回避することは禁止

スプリングに流体媒体を禁止していることは、ハイドロリンクやハイドロリック・インターコネクト(前後・左右のホイールを油圧で連結する技術)の復活を防ぐ意図があります。これらは一時期、受動的手段でロールや車高を制御する「グレーゾーン技術」として議論を呼んでいました。


ステアリングシステム:パワーアシストは機械式のみ

C10.5では、ステアリングシステムについて以下の重要事項を規定しています。

  • ステアリングは前輪2輪のみを操舵する機械系でなければならない
  • 後輪操舵(リアホイールステアリング)は許可されていません
  • ステアリングホイールの回転と前輪の向きは単調関数で一意に定義されなければならない(回転角に対して操舵角が逆転しない)
  • パワーアシストステアリング(パワステ)は電子制御および電動は禁止。物理的な操舵力の軽減のみを目的とした機械式・油圧式のみが許可される

この規定により、電子制御によるアクティブステアリング(車速や横Gに応じてギア比を変えるシステム等)は完全に排除されています。


ホイールリム:材質はマグネシウム合金一択

C10.7.1では、ホイールリムの材質をAZ70またはAZ80マグネシウム合金に限定しています。軽量かつ十分な剛性を持つこの材質は、F1においてデファクトスタンダードとなっています。

主要寸法は以下の通りです。

項目フロントリア
リム径462.5〜463mm462.5〜463mm
タイヤ装着幅315 ± 0.5mm401.3 ± 0.5mm
リップ外径496 ± 0.5mm496 ± 0.5mm

また、C10.7.5ではアウトボードディスク(ホイール外側に装着する環状のディスク)の装着を全輪に義務付けています。これはホイール内側のブレーキキャリパーやサスペンション部品への外気・飛散物の流入を制御する空力コンポーネントとして機能します。

熱管理のための設計変更は禁止

C10.7.2(k)では、リムの熱伝達特性に影響を与えることを意図した設計変更は禁止されており、すべてのリムデザインはFIAの事前承認が必要です。ブレーキ冷却の観点からリムの熱設計を最適化しようとする試みへの牽制と言えます。


タイヤ規定:加熱・冷却の手段が厳格に定義

タイヤブランケット(Tyre Heating System)のルール

C10.8.3とC10.8.4では、タイヤの加温方法を厳格に規定しています。

  • 使用できるのは抵抗加熱素子(電熱線)によるブランケットのみ
  • 1枚のブランケットあたり最大3つの温度制御ゾーンが許可される
  • 各ゾーンはSISO(単入力・単出力)フィードバック制御のみ使用可能
  • 競技中は過去96時間分の電力・エネルギー消費ログを記録・ダウンロードできなければならない
  • ソフトウェアとハードウェアはFIAの事前ホモロゲーション(認定)が必要

一方、タイヤの冷却については、周囲気温の空気をホイールボディワーク(C3.15条で定義)経由で当てる対流のみが許可されています。それ以外の冷却装置は一切禁止です。ピットレーンやグリッド上での一時的なファン使用は例外として認められています。

タイヤ内部のガス媒体は空気または窒素のみで、タイヤ内の水分を低減させることを目的とした処理も禁止されています。

タイヤ仕様の変更権限

C10.8.2では、タイヤ仕様はタイヤサプライヤーとFIAが合意して決定し、フォーミュラ・ワン・コミッション(Formula One Commission)の同意なしには変更できないと定めています。ただし安全上の理由があれば、FIAはシーズン中であっても予告なく仕様変更を行う権限を持ちます。


ホイール締結:脱落防止の二重機構が義務化

デュアルステージ・リテンション(Dual Stage Retention)

C10.9.3では、走行中のホイールナット脱落を防ぐためにデュアルステージ(二段階)リテンションデバイスの装着を全車に義務付けています。

このシステムは以下の2つの状態でホイールナットを保持します。

  1. ナットが完全に外れた状態(フル外れ位置)
  2. ナットがまだスレッドに噛み合い始める前の任意の角度位置

C10.9.4では、この装置が以下の荷重に耐えられることをテストで証明することを義務付けています。

  • ナット軸方向の引張力:20kN(ナットが完全にスレッドから外れた状態で)
  • ナット巻き戻し方向のトルク:300Nm(ナットが部分的に噛み合った状態で)

さらにC10.9.5では、不適切な締め付けを視覚的に識別できる機構の搭載も義務付けています。これはピットストップ時のホイール脱落事故を防ぐための安全規定であり、過去に発生した重大インシデントを教訓としたものです。


読者が特に押さえておくべき3つのポイント

① 「受動的サスペンション」の徹底

C10.2.4〜C10.2.6の組み合わせは、サスペンションが「何らかの入力に対してその場で反応する機械系」でしかあり得ないことを意味します。AIや電子制御でサスペンションを最適化するアプローチは完全に閉ざされており、エンジニアの腕の見せどころは純粋な機械設計の巧みさに限定されます。

② タイヤブランケットの高度な管理義務

ブランケットの制御ソフトウェアまでFIAのホモロゲーションが必要というのは、非常に踏み込んだ規定です。各チームのタイヤ加温プロトコルにおける「差別化の余地」は大幅に狭まっており、タイヤを適切な温度ウィンドウに入れるための戦略的なガレージ内オペレーションの重要性が増しています。

③ ホイール保持システムの法的要件化

デュアルステージリテンションの性能要件(20kN、300Nm)が数値として明記されたことで、各チームはその適合証明を書類で提出する義務を負います。ピットストップの速さを追求しながら、この安全要件を満たす締結システムを設計するのは、サプライヤーにとって挑戦的な課題です。


まとめ

C10条は「禁止の羅列」のように見えますが、その本質はシンプルで検証可能な機械系のみをマシンに許すという哲学の表れです。電子制御・能動制御・エネルギー蓄積・流体スプリングといった手法をすべて排除することで、エンジニアリングの競争を純粋な設計力と機械的センスの領域に集約させています。

次戦でマシンのサスペンションやタイヤ管理に注目する際、この「受動的であること」という制約の中でどれだけ性能を引き出しているか、という視点で見るとまた違った面白さが見えてくるはずです。