2026年F1技術レギュレーション第C17条:パーツ分類制度を完全解説
2026年シーズンから適用されるF1技術レギュレーション第C17条を解説。LTC・SSC・TRC・OSCなど7分類の意味と、チーム間の部品共有ルールをわかりやすく説明します。
このArticleは何を規定しているのか
F1マシンを構成するすべての部品は「誰が設計・製造し、誰が使えるのか」というルールによって管理されています。第C17条(コンポーネント分類)は、その根拠となる条文です。
2026年レギュレーションでは、F1マシンに使用されるすべての部品および関連機材を、以下の7種類に分類することを義務づけています。
| 分類 | 略称 | 概要 |
|---|---|---|
| Listed Team Component | LTC | 各チームが独自に設計・製造する専有部品 |
| Standard Supply Component | SSC | FIAが指定するサプライヤーから全チームに同一供給される部品 |
| Transferable Component | TRC | あるチームが設計し、他チームにも供給可能な部品 |
| Free Supply Component | FSC | TRCと技術的要件は同じだが、財務規則上の扱いが異なる部品 |
| Defined Specification Component | DSC | FIAが技術仕様を定め、認定サプライヤーが製造する部品 |
| Open Source Component | OSC | 設計仕様を全チームで共有・流用可能なオープンソース部品 |
| Not Transferable Open Source Component | OSCNT | 設計仕様は公開されるが、現物の他チームへの供給は禁止 |
分類に迷った場合のデフォルトはLTC(各チームの専有部品)です。ただし、空力部品(Article C3に規定)は原則すべてLTCとされており、例外的にSSCまたはOSCNTに指定される場合のみ別扱いとなります。
各分類の詳細と重要ルール
LTC(リステッド・チーム・コンポーネント):競争力の核心
LTCは「そのチームのアイデンティティ」そのものです。設計・製造・知的財産のすべてをチームが排他的に保有しなければなりません。他チームへの情報提供は厳禁で、禁止されている行為は以下の通りです。
- 設計データ・図面・知的財産の他チームへの提供または受領
- 他チームからLTCに関するコンサルタント業務を受けること、または提供すること
- LTCのパフォーマンスを向上させるシミュレーションソフトや解析ツールの共有
エンジニアリングや製造を第三者にアウトソース(外注)することは可能ですが、コンセプト設計(Concept Design)だけはチーム自身が行わなければなりません。また、外注先が他チームまたはその関連会社であることは禁止されています。
「リバース・エンジニアリング(reverse engineering)」も明確に禁止されています。具体的には、他チームのマシンを写真撮影してCADデータに変換したり、3Dスキャンや接触・非接触スキャンを用いたりすることが該当します。情報収集が許されるのは、競技会またはTCC(Technical Coordination Conference)の場において、全チームに開示されている情報の範囲内に限られます。
SSC(スタンダード・サプライ・コンポーネント):全チーム均一供給
FIAが選定したサプライヤーが全チームに同一スペック・同一商業条件で供給する部品です。チームによる改造は原則禁止で、使用も必須とされています。
ただし、安全性・互換性・信頼性に重大な問題があると判断された場合、チームはFIAとサプライヤーに直接申し入れを行い、FIAの判断によって例外的な改造や代替部品の使用が認められることがあります。
なお、SSCのサプライヤー選定が何らかの理由で成立しなかった場合、FIAはその部品をLTC・TRC・DSC・OSCのいずれかに再分類する権限を持ちます。
TRC / FSC(トランスファラブル・コンポーネント / フリー・サプライ・コンポーネント):供給チームと顧客チーム
TRCとFSCは、技術的要件は同一で、供給元チーム(Supplying Team)が設計・製造し、顧客チーム(Customer Team)に提供できる部品です。FSCとの違いは財務規則(Section D)における取り扱いのみです。
重要なルールは以下の通りです。
- 供給できるのは、サプライヤーチーム自身が同じシーズンまたは過去のシーズンで実際に使用した部品と同一のものに限られます。 顧客チーム専用に設計・製造したカスタム品は禁止です。
- 顧客チームは自己責任でサブコンポーネントを交換・改造できますが、その際の研究開発・シミュレーション・設計・製造はすべて顧客チーム側で行う必要があります。
- チーム間でやり取りできる情報は、TRC/FSCをマシンに組み付けるための最低限の統合情報と、正しく作動させるためのデータのみに厳しく制限されています。サーキット別のセットアップ情報や最適化ソフトウェアの共有は明確に禁止されています。
OSC / OSCNT(オープン・ソース・コンポーネント):業界初の知識共有モデル
2026年レギュレーションで注目される新概念のひとつが、オープンソース型の部品分類です。OSCおよびOSCNTは、設計仕様(Design Specification)がFIA指定のサーバーにアップロードされ、全チームが自由にアクセス・利用・改良できます。
OSCとOSCNTの違いは「現物の供給」が可能かどうかです。
- OSC:他チームへの現物供給が可能(TRCと同様のルールに準拠)
- OSCNT:設計は共有されるが、現物の他チームへの供給は禁止
特徴的なのが「ライセンスの自動付与」の仕組みです。あるチームがOSC/OSCNTの設計を新規作成または改良した場合、その知的財産についての取消不能・ロイヤリティフリー・非独占的・世界的なライセンスが、自動的に全チームに付与されます(C17.5.4)。これはオープンソースソフトウェアの世界に近い考え方をハードウェア設計に持ち込んだものです。
また、あるシーズン(N年)に初めてOSC/OSCNTに指定されたパーツについては、前年(N-1年)の7月15日までに、前年シーズンで使用していた同等部品の設計をサーバーに公開することが義務づけられています。
DSC(デファインド・スペシフィケーション・コンポーネント)
FIAが技術仕様を定め、FIAが承認した複数のサプライヤーが製造する部品です。サプライヤーは全チームに対して公平な商業条件で供給することが義務づけられています。DSCのサプライヤーになるには、技術仕様の詳細と商業条件を含む完全な申請書類をFIAに提出し、30日以内に承認を受ける必要があります。
チーム戦略への実践的な影響
「カスタマーチーム」の戦略的位置づけ
TRC/FSCの供給関係は、予算規模の小さいチームにとって特に重要な意味を持ちます。ただし、供給を受けられる部品はサプライヤーチームが実際に使用した実績のある仕様に限定されており、専用開発品は認められません。顧客チームは受け取った部品をそのまま使うか、自力でサブコンポーネントを改修するかの選択を迫られます。
人材移動による情報漏洩防止(C17.1.4)
条文は「人員の移動」を通じた情報流通にも言及しており、正社員・コンサルタント・契約社員・出向者を問わず、この条文の目的を回避するための人事異動は禁止されています。オフシーズンに多く見られるエンジニアの移籍がC17条の趣旨を逸脱したものであると判断された場合、規制の対象となりえます。
ウィンドトンネル・ダイノの共用(C17.1.8)
ウィンドトンネルやダイナモメーターなどのテスト施設を複数チームで共用することは認められています。ただし、施設運営に関わる知的財産は共有できる一方、テスト・実験の結果データはそれを実施したチームのみが使用できます。共用施設を使用する場合は、その内容とデータ分離の仕組みをFIAに事前申告する義務があります。
テクニカルパートナーの厳格な定義(C17.1.10)
「テクニカルパートナー(Technical Partner)」はチームの関連企業(Related Party)のみが担えると明記されており、かつ1チームにつき1社のみに限定されます。FIAの承認も必要です。テクニカルパートナーはそのチームと「一体」として扱われるため、第三者への情報流通の抜け穴にはなりません。
特に理解しておくべき条文3選
1. C17.2.3:リバース・エンジニアリングの禁止
他チームのマシンをカメラで撮影し、そのデータを解析に使うことが具体的な技術手法名とともに列挙されています。スマートフォンのLiDARスキャンのような消費者向け技術も実質的に対象に含まれる記述です。「偶然に似てしまった」部品については、正当な独立開発の結果かどうかをFIAが判断します。
2. C17.4.4:TRCのカスタム禁止
供給チームは「顧客専用設計」を行うことが禁止されています。供給できるのは自チームで実際に使った部品と同一のものに限られます。レース序盤に登場した「あのチームはトップチームの旧型スペックを使っている」という状況は、このルールの範囲内で起きていることです。
3. C17.5.4:OSCの自動ライセンス付与
オープンソース部品の設計を改良したチームは、その改良分の知的財産についても自動的に全チームへのライセンスを付与したことになります。これは、改良した設計をFIAのサーバーにアップロードした瞬間に発生します。OSC/OSCNTカテゴリーの部品において「独占的なアドバンテージ」を保持し続けることは、この仕組みによって構造的に難しくなっています。
まとめ
第C17条は、F1というスポーツにおける「競争とコスト削減の両立」をパーツの流通ルールという形で実現しようとした条文です。LTCによる競争領域の確保、SSC・DSCによるコスト抑制、そしてOSC/OSCNTという新しい知識共有モデルの導入は、2026年レギュレーション改革の中でも注目すべきポイントです。
マシンのどのパーツが「そのチームの独自技術」で、どのパーツが「他チームから供給を受けたもの」なのかを意識しながらレースを見ると、パドックの力関係や各チームの戦略的選択がより鮮明に見えてくるはずです。