テクニカル 2026 Art C2

2026年F1技術規則 C2:クルマの「基準座標」と「基本寸法」を読み解く

FIA 2026年F1技術規則C2条を解説。クルマの座標系の定め方から、全幅・ホイールベースといった基本寸法の上限値まで、レギュレーションの「物差し」を丁寧に紐解きます。

このArticleの役割――レギュレーション全体の「物差し」

F1技術規則は数百ページにわたる膨大な文書ですが、その中でC2条は特別な位置を占めています。空力パーツの形状規定でも、パワーユニットの出力規定でもありません。「クルマのどこを原点にして、どの方向を正とするか」「クルマの最大幅やホイールベースはどう測るか」といった、すべての計測の前提となる共通ルールを定めた条文です。

たとえるなら、建築でいう「設計図の縮尺と方角の凡例」にあたります。この共通言語がなければ、FIAの技術委員とチームのエンジニアが「全幅950mm以下」という規定を議論しても、どこから測るのかで話がかみ合いません。C2条はそのズレを防ぐための「土台」です。


座標系の定義(C2.1)

クルマ座標系(Car Coordinate System)

規則では右手系デカルト座標(Right-handed Cartesian Coordinate System)を採用しています。具体的には以下のとおりです。

  • X軸:車両の前後方向。後方に向かって正(増加)
  • Y軸:車両の左右方向。ドライバーの右手側に向かって正
  • Z軸:上下方向。上方向に向かって正

一点、直感に反するのがX軸の向きです。多くの工学的座標系では前方を正にしますが、F1規則では後方が正です。「前の方が数値が小さい」という設定は記事を読み進める上で常に意識が必要です。

また、単位の指定がない場合は**ミリメートル(mm)**が暗黙の単位とされています(C2.1.2-a)。数値だけ書かれていたら「mm」と読む、という約束です。

対称性の原則

C2.1.2-fでは、規則の記述は原則としてY軸の正側(右側)のみを記載し、反対側(左側)にも同じルールが対称に適用されると定めています。これにより規則文書の分量を半減させつつ、左右の取り扱いを統一しています。

ホイール座標系(Wheel Coordinate System)

各ホイール固有のローカル座標系(XW, YW, ZW)も定義されています。原点はホイールリムの内側面と回転軸の交点です。重要なのは、サスペンションが動いても、この座標系はサスペンションアップライトに対して固定された向きを維持するという点(C2.1.3-e)。タイヤのキャンバー角やトー角が変化しても、ホイール座標系はアップライトと一緒に動く、という設計思想です。


主要基準面(C2.2)

クルマには複数の「基準となる平面」が定義されており、それぞれに記号が割り当てられています。

記号定義
Z = 0クルマのスプラング部(バネ上)の最底部を通る水平面
Y = 0クルマの左右対称面
X = 0Aサバイバルセル前端のX平面
X = 0Cコックピット後端のX平面
X = 0F / 0R前輪・後輪の回転軸を通るX平面
X = 0DIFファイナルドライブ回転軸を通るX平面
X = 0PUICEとサバイバルセルの接続面を通るX平面
X = 0FISフロントインパクトストラクチャー最前端のX平面

これらの基準面は後続の条文で「XFから何mm以内」「XCからXAまでの距離が〇〇mm以上」というかたちで頻繁に参照されます。C2条を理解しておくと、他の条文の意味が格段に読みやすくなります。


基本寸法の数値(C2.3)――ここが実践的に重要

全幅:950mm(C2.3.1)

タイヤ・ホイールリム・リムに取り付けられた部品を除き、クルマのいかなる部分もY = 0(対称面)から950mm以上離れてはならないと定めています。左右合わせると最大1,900mmが全幅の上限です。

この規定がなぜ重要かというと、空力開発における「翼端板やフロアエッジをどこまで外側に張り出せるか」の絶対的な限界を決めるからです。950mmという数値はチームが空力を設計する際の外壁になります。

高さ(C2.3.2)

高さの下限は、複数の「基準ボリューム(Reference Volume)」の組み合わせで定められています。具体的なボリュームは別添(Appendix C2)で図示されており、C2条本体では名称のみが列挙されています。

  • RV-FLOOR-BODY
  • RV-FLOOR-BIB
  • RV-FLOOR-FOOT
  • RV-FLOOR-SIDEWALL
  • RV-FLOOR-FENCE

プランクアセンブリを除くいかなる部品も、これら基準ボリュームの「Trim and Combination」(重なり合わせた形状)の直下に位置することは許されません。地面とクルマの底面の隙間を管理し、過度なグランドエフェクトを抑制する意図があります。

ホイールベース:3,400mm以下(C2.3.3)

前輪軸(XF = 0)から後輪軸(XR = 0)までの距離は3,400mm以下でなければなりません。これは「合法セットアップ(Legality Setup)」の状態で計測されます。

ホイールベースはクルマの機械的バランスや慣性モーメントに直接影響します。長いほど高速コーナーの安定性が増す一方、低速コーナーでの向きの変えやすさが犠牲になる傾向があります。3,400mmという上限は、クルマが極端に長大化することへの歯止めです。

フロントホイール位置(C2.3.4)

前輪軸は、サバイバルセル前端(XA = 0)から0〜150mmの範囲に収めなければなりません。前輪軸がサバイバルセル前端よりも後ろに引っ込みすぎることも、前に飛び出しすぎることも許されないという規定です。フロントサスペンションのレイアウトがこの150mmという幅の中に縛られます。

コックピット位置(C2.3.5)

サバイバルセル前端(XA)からコックピット後端(XC)までの距離は1,830mm以上2,030mm以下です。

コックピット寸法はドライバーの安全と居住性に直結します。最低値1,830mmはドライバーが適切に着座できるための下限であり、最大値2,030mmはクルマ全体のパッケージングバランスを保つための上限と読めます。

リアバルクヘッド位置(C2.3.6)

コックピット後端(XC)からパワーユニット接続面(XPU)までの距離は360mm以上必要です。この空間にはハーネス、冷却系統、構造部材などが収まります。パワーユニット搭載位置を前に詰めすぎることへの制約です。


「合法セットアップ(Legality Setup)」とは

C2.3の計測は「Legality Setup」の状態で行われます。これは車検時の基準状態を指し、規定の燃料搭載量・タイヤ空気圧・サスペンション設定などが定められた条件です。レース中のダイナミックな挙動ではなく、静的な計測基準として一貫して使われます。


数値の精度に関する規定(C2.5)

C2.5は短いながらも見落としがちな条文です。「規則に記載された限界値(上限・下限)は、小数点以下の桁数に関わらず、その数値がそのまま限界値として扱われる」と定めています。

たとえば「3,400mm以下」と書かれていれば、3,400.1mmは違反です。「3,400.0mmまで」であり、記載された数値そのものが境界線です。計測誤差の議論を封じる、シンプルかつ厳格な規定です。


レースやチーム戦略への実践的な影響

C2条はそれ自体が直接ラップタイムに影響するわけではありませんが、空力・シャシー・パワーユニットのすべての設計はC2条の枠組みの中で行われます。実際の影響を整理すると以下のとおりです。

  • 空力設計の外形限界:全幅950mmはフロアエッジや翼端板の横方向展開の絶対限界。この壁に対してどこまで近づけるかが空力効率の争点になります。
  • ホイールベース戦略:3,400mm以下という制約の中でフロント・リアの荷重配分を最適化するため、ホイールベースの選択はシーズン開幕前の重要な設計判断です。
  • コックピット位置の柔軟性:1,830〜2,030mmの200mmのウインドウの中でドライバーの着座位置を調整することは、重心位置やペダルボックスのレイアウトにも波及します。
  • 基準面の連鎖:XPU、XDIFといった基準面はパワーユニット搭載位置に直結し、フロント/リアの重量配分に影響します。

まとめ:C2条はレギュレーションを読む「地図」

C2条は、派手さはないものの、2026年技術規則を理解するための地図のような存在です。他の条文が「XFから200mm以内」「Y = 0から600mm以上離れた位置」といった記述をする際、その意味を正確に理解するにはC2条の座標定義と基準面の知識が不可欠です。

今後、空力規則(フロアやウイングの形状規定)やパワーユニット搭載規則を読み解く際には、このC2条に立ち返ることで「どこを規制しているのか」が具体的にイメージできるようになります。